おふとんの外へ

外へ出て見たもの 感じたこと

あの湯屋へ。/ 積善館

「初めてひとり旅をするにあたってハードルが低そうな宿は、と。」

 

Google Map上でピン留めした"行きたい宿リスト"を開きながら 私はかなり長い時間ウンウン唸っていたと思う

 

迷いに迷った末 私のひとり旅デビューの地は

群馬県の<四万(しま)川>上流域の<四万温泉>エリアにある

老舗旅館<積善館>に決めた

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"あの湯屋"

そう <千と千尋の神隠し>に出てくる"あの油屋"のモデルになったと言われる宿なのだ

 

物語の中で千尋はたった一人 大冒険を通して強くなった

それにあやかって私も"ひとり旅を楽しめる大人"として一皮むけようという魂胆

 

でも積善館にした決め手は 世界のジブリに目をつけられるほどの異世界ビジュ1点張りじゃない

 

【決め手1】

1名定員の部屋がある

 

ホステルやビジネスホテルなんかはもちろん シングルルームもあるものだ

 

でも温泉旅館に関しては 大概2名定員の部屋をリッチに1人で泊まるしかないのであって(※)

1人用の部屋があるのは結構珍しいのではと思う

(※)そもそも1人では予約できない宿もあるというのが 今回ひとり旅をリサーチして初めて悟った現実

 

ただしここには注意点も

 

積善館は3つの棟から成り立っていて 1人部屋がある<本館>は他2棟と少し いや結構趣向が違うのだ

 

何が違うのか

 

他2棟の<佳松亭>と<山荘>はいわゆる"The 高級旅館"で それぞれ"和モダン"と"昭和ロマン"といった雰囲気

 

それら2棟とチェックインフロントの場所からして違う本館の創業は なんと元禄7年(1694年)

一番歴史ある棟

 

(ちなみに千と千尋の神隠しのモデルになったと言われる外観は この本館が全面に出たもの)

 

なぜ本館がひと際特殊かって 昔ながらの"湯治宿"スタイルを取っているからだ

 

"湯治"

=温泉の効能による療養を目的に 比較的長期間温泉宿に滞在すること

 

湯治宿スタイルということで 本館客にはお部屋係がつかない

そのためお布団の上げ下げはセルフ

バス・トイレは共用で お部屋によっては洗面所も部屋の中にない

食事も湯治になぞらえて“食治”と表記されていて 旅館らしい"豪華なごちそう"というよりあえて"素朴な和食"とすることで 体の外からだけでなく内からも健康になることをコンセプトにしている

 

まあ1人部屋があるのはこの本館と言いつつ

厳密には 横に増設された<壱番館>という棟なのだけれど

まあ概要は本館に同じ

 

なので要するに 積善館の1人部屋に泊まるとは"湯治宿"に泊まるということなのだ

 

少し珍しいっちゃ珍しいけれど 基本的にセルフってつまりあれだ

 

 "暮らすように旅する"っぽくて大いにアリ

 

【決め手2】

湯治宿という点が功を奏してか 本館の宿泊費は1泊2食付きでも割とリーズナブル

▶2024年2月下旬現在 10,450円+入湯税

 

【決め手3】

東京駅から直通バスが出ている

 

なにせ筋金入りのペーパードライバーで

ペーパーゴールドで

 

そんな私が1人で群馬の山の中に辿り着けるわけもない

と思いきや 東京駅からバスで1本とは

 

てな感じで要所要所をツボ押しされ

積善館行きを決定しましたとさ

 

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宿泊当日

 

バスの停留所から宿は徒歩1~2分程度だけれど 角度的に目の前まで歩いて行かないと外観がお目見えしない

本格的に到着する前にビューのネタバレがないのって かなりポイント高い

 

バス停からテクテク歩き

せーの と宿の方向に振り返って思わず小声の「おー」が漏れる

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決してあの湯屋そのままじゃない

 

でも赤い橋や窓や

そういったディテール部分に確かにあの世界観を感じる

 

いや 似ているとか似ていないとかはもう問題じゃないと思った

誰がどう見ても長い長い歴史を感じるどっしりとした佇まいに ほほーーっと感心

 

木造ってよく"温かみ"と言われるけど

ここまで渋いとかえって涼し気だ

 

神社にある"樹齢うん百年"の大樹のように涼やかで

建っているというか 生えているというか

 

元禄の日本人がこれを設計して 建てて 営業して 客が通ったのだと思うとなんだか不思議

 

会ったことも無い私の先祖が かつてここに来た可能性もあるだろうか

当時の姿を知る元禄人達が千と千尋の神隠しを見たら 我々と同じように面白がるのだろうか

色んな想像が湧いてくる

 

エントランスはガラス引き戸になっていて 開けるとガラガラ音が鳴る

都会では聞かない音

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・きっと昔は靴を脱いで上がっていたであろう青い敷物

・"番頭部屋"と札が下がったフロント

・家紋のような柄のついたシーリングライト

随所随所 いちいち趣き

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アクリルでなく木製のバーがついた部屋の鍵で 今晩泊まる1人部屋のドアを開けてみる

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一言で言うと

几帳面できれい好きなおばあちゃん家のよう

 

久しぶりに泊まりに来たような懐かしさ

 

こじんまりしていて 1人でポツンと居ても寂しくない丁度いい広さ

 

座布団や湯沸かしポットや茶器は

赤で統一されていて可愛らしい

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加湿器があったりベッドのマットレスはテンピュールだったり 快適さもちゃんと考えられている

 

業務用かと思うような暖房機のおかげで室温もぬくぬく

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おばあちゃんが前日に張り切って掃除してくれたような清潔感に安心して ドカっと荷物を置き ドカっと座ると

「一人でこんなところまで来られたなんて」とひとり旅の実感が湧いた

 

静かにじっとしていると 部屋の中にいても癒しの川音が聞こえる

ひとり旅のいいところは こういう細かなところにも意識が向くところなんだとつくづく

 

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楽しみにしていた館内探検

 

【元禄の湯】

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中は長方形の小さめな浴槽が5つある造りで それこそ八百万の神々が入浴していそうな異世界感のある 積善館の代名詞的お風呂

 

あまりにも絵になるので 入浴する時以外も先客のいないタイミングを見計らって見に行ってしまったほど

 

意外にも夜や早朝より 日が高い時間帯が一番神秘的に見えた

 

【山荘の湯】

追加料金のいらない貸切風呂

空いていれば自由に利用できるシステムだけれど あいにく改修中で入れず

残念

 

【杜の湯】

ビジュアルは元禄の湯が好きだけれど

入る分には〈杜の湯〉が気に入った

 

内風呂もいいけど ここの主役はなんといっても露天風呂

広々お風呂の手前半分には屋根が付いているのだけれど 屋根がついていない奥まで出て行って 辺りの森を感じながら温泉に浸かる幸せたるや

 

海辺の露天風呂ももちろん大好きだけれど 私は森の中の露天風呂が一番好きかもしれない

森と一体化してる時 "私なんか一動物に過ぎないんだ"という 字面に反してホッとした感覚が満ち満ちる

 

肩のどこまでお湯に浸かったか 肌の赤みで分かるほどの湯温

でも四万温泉は"四万の病を癒す"と言うもんだから 当然限界まで粘る

 

【飲泉所】

四万温泉エリアには 飲用と認められた温泉が飲める"飲泉所"が街中にいくつかあって 積善館は館内にそれを1つ持っている

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飲泉はどうやら胃腸にいいらしい

浸って外から 飲んで内からなんて

温泉というもののなんて万能なこと

 

ここの飲泉所のお湯は 割と高温

フロントからもってきた紙コップで汲んで ふーふーチビチビ飲んでみる

 

無味というわけでなく 少し鉄のような味がする

正直 美味しく飲む感じではない(個人の感想)

でも 飲めないほど強い味じゃない

注意書きによると 1日3杯までとのこと

そう言われると 1日目も2日目もきっちり上限3杯飲みますとも

 

【お休み処】

足湯と水車から湯気がモクモクしている"The 温泉地"なビューを ガラス越しに眺められるお休み処

 

これが本当にモダンな空間で

都会に新しくできたサウナのよう

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【歴史資料室】

旅館で使用されてきた調度品が展示されていて

中には歴代女将のかんざしや 歴代主人のキセルなんかも

 

あの宮崎駿監督のサインがを見つけた時は

おのずとテンションアップ


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【浪漫のトンネル】

館内探検の一番のハイライトはこれ

 

あえて館内図をあまり見ずに探検に出たので 館内をウロチョロしている中で 急に異世界の入り口が現れたような感動

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あの映画でも 千尋にとってあの世とこの世の境界だった"トンネル"

積善館では本館と山荘を繋ぐ役目のあるトンネルなのだけれど どういうわけか どちらの棟とも雰囲気が違うという唯一性

 

誰が何を思って作ったんだろう

 

めちゃくちゃにビビりな私に言わせても あまりホラーという雰囲気ではないものの 唐突な異物感もそれはそれでやはり怖い気もして やや早歩きに渡る

 

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待ちに待った夕食

"積善"の文字がプリントされた浴衣に着替えたら ウキウキでお食事処<積善や>に向かう

 

テーブルには部屋番号が振られていて 既にお重が載っていた

夕食は"積善弁当"と名前のついたお重スタイルなのだ

 

ご飯とこしね汁(群馬の郷土汁で いわゆる豚汁)はセルフサービスで おかわり自由なのが嬉しい

はしゃぐ気持ちをこらえて 大人らしくひとまず控えめな量のご飯・こしね汁をよそう

 

席に運ぶと 係りの方がタイミングよく アップグレード分のお刺身と川魚を持ってきてくれた

そう 今回宿泊費がリーズナブルであったために 食事を奮発してみたのだ

 

三段のお重を開けて広げると お料理でテーブルの横幅がいっぱいになる幸せ

公式HPでは「湯治宿なので 素朴な~」なんて書いていたけれど とんでもない謙遜だった

この品数はどう見てもごちそう

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お味はと言うと どのメニューもとても優しい

老若男女誰の口にも合いそうな 優しい和食

海外からの観光客もお箸が進んでいるのを見て 何故か私も嬉しい(箸使いお見事)

 

翌朝の朝食も 三段でこそないもののお弁当形式で これまた健康的な和朝食

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ご飯の他におかゆが選べて お味噌汁含め例のごとくおかわり自由

 

夜も朝も ご飯や汁物をおかわりせずにはいられなくてお腹ポンポン

ごちそうさまでした

 

ちなみに 湯治宿ということで長期間宿泊するお客さんも珍しくないわけだけれど

連泊しても きちんと前日と違う内容の食事が楽しめるらしい

 

特に3泊目からは お弁当形式でなくなるなど内容がガラッと変わるようだ

近くに座っていたおじさま(2泊目と思われる)が そんな説明を受けていた

 

様変わりご飯 気になりすぎる...

 

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積善館に泊まったなら 夜に一度外に出て ライトアップされた外観を見ないことには帰れない

 

館内用のスリッパを エントランスに準備されている下駄に履き替えて外に出る

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下駄をカラコロいわせながら赤い橋を渡りきったところで満を持して振り返ると 昼間とは違う積善館がそこにいた

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わあーーぉ

 

夜の方が辺りは静かなはず なのに

昼の大樹のような静けさとうって変わって 中でリンやらカエルやらがバタバタ騒がしく働いていそうなイメージが目に浮かぶ

 

別の宿の宿泊客と思われる人も この外観を見に来ていた

これは見たいよね と思った

 

前日には雪が降ったような2月下旬

さすがに浴衣+羽織では寒すぎるのだけれど それでも館内に戻りがたいような そんな姿だった

 

夜の散歩も入浴も終えたお部屋時間は 一人旅らしく(?)紙の本で読書などしてみることに

 

白状すると 本を読むにも最近はスマホが多い

(もっと言えば 本よりも漫画の方がよく読む)

つまり 普段からこんな一人時間を過ごしているわけではないのだけれど 一人旅の時はなぜか TVやスマホでなく紙の本を開きたくなる不思議

 

最初は椅子に座ってお行儀よく読んでいたのが 気づいたらベッドの中でゴロゴロ寝転びながら読んでいて そのままほぼ寝落ちの形でいつもより早めに就寝

 

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翌朝

 

ベッドの中で目を開けた時

「外は雨かな」と思った そんな音がしたから

 

まだボヤボヤした頭で障子を開けてみて気づいた

雨じゃなくて これは川音なんだ

 

ん? ちょっと待って

昨夜は散歩と読書以外やることもなく早い時間に寝て

朝は川音で目覚めて 前日の飲泉のおかげか寝起きから快腸で

今日も温泉水で目覚めの1杯をやって(最強の朝白湯なのでは) 朝ご飯の時間になるまでまた杜の湯で露天風呂で森と一体化

 

何だこの健康的な生活は…!

全くの無意識かつ自動的

これが湯治宿の力か…! 恐るべし

 

例えばここに1か月もいたなら

体中の全ての毒素が消え去るに違いない

 

今回は1泊で 私はまだまだ毒素と共にあるし

ひとり旅をしたからって 1発で一皮むけるような都合のいいことは無かったけれど

一つ分かったことはある

 

私はバッチリ ひとり旅の味をしめてしまった

 

 

(2024.2)